10月中旬、夜。携帯が鳴った。
住友不動産の営業担当からだった。用件はひとつ。建築許可申請が難航している、というものだった。
市の審査に出した書類に対して、何度も大幅な書き直しを求められている。設計の一部にも修正要求が出ている。営業担当の見立てでは、住友不動産の設計は建築基準に合致しており、市の要求は市独自の見解に基づくものとのことだった。
11月に予定されていた建築審査会には、このままでは間に合わない。おそらく12月以降にずれ込む――そういう電話だった。
受け止められなかった
電話を切ってから、しばらく動けなかった。
10月中旬という時期は、プロジェクト全体のなかで一番気分が高揚していた頃だった。ハウスメーカーを住友不動産に決め、仕様がほぼ固まり、仮住まい先の申込みも終え、解体業者も決まっていた。すべてが計画通りに進んでいる手応えがあった。
そこに降ってきた、この報せ。
引き渡しは5月1日の予定だ。そこに間に合うのか。間に合わないとしたら、どれくらいずれ込むのか。仮住まいの家賃は契約期間を延ばす必要があるのか。解体業者MUSUBIのスケジュールはどう組み直すのか。頭の中で、ぐるぐると不安が回った。
正直なところ、住友不動産への不信もよぎった。担当者と市の窓口との相性が悪く、そのせいで難癖をつけられているのではないか。そんな疑念まで、瞬間的には湧いてきた。今になって振り返れば八つ当たりに近い発想だが、遅延の一報を受けた直後の頭は、そのくらい冷静さを失っていた。
10月17日、対策打ち合わせ
電話から数日後、住友不動産と対策打ち合わせを行った。
そこで改めて状況を整理してもらった。市の要求に従って書類を作り直し、設計の一部も修正し、11月初旬に事前申請をやり直す。そうなると11月の審査会には間に合わないので、12月の審査会を目指す。そこから逆算すると、解体工事は当初の12月1日着工ではなく、1月以降にずらす必要がある。
説明は丁寧で、こちらの不安にも一つひとつ答えてくれた。営業担当は、この遅延対応を最優先で進めると明言してくれた。実際、その後の動きを見ていると、言葉だけではなく真摯に誠実に対応してくれていることが伝わってきた。
住友不動産に対する不信は少しずつ薄れていった。問題は住友不動産の設計内容や営業担当にあるのではなく、建築許可申請が必要な住宅に対して、市が求める水準が非常に高く、これに対応しないと住宅を建てることができない、ということがわかった。そう理解できたところで、少し冷静になれた。
この打ち合わせの直後、10月24日にMUSUBIへ延期の連絡を入れた。電話で事情を説明すると、「解体可能日が決まったら改めて連絡してください」と快く受け止めてくれた。MUSUBIのこの柔軟さには、本当に救われた。
11月、再申請
11月6日、住友不動産が事前申請を再提出した。
そこからも、市からの追加要求は続いた。11月19日に追加資料の受け渡し、11月20日にようやく本申請資料が受理される。書類が受理されても、すぐに審査会にかかるわけではない。そこからさらに、審査会に向けた資料準備が続いた。
12月4日には、市から「リハーサル用資料」の提出を求められた。審査委員に議事の進め方を事前に説明するためのもの、という説明だった。
この頃には、不満や不信よりも、ある種の諦念のような気持ちが勝っていた。プロに任せるしかない。自分が前に出て行政と直接やり取りしても、事態はむしろ悪化する可能性が高い。住友不動産に任せ切って、自分は自分のできること――引っ越しの荷造り、不用品処分、ICとの最終調整――に集中する。そう腹を括った。
12月、審査会へ
12月4日にリハーサル用資料を提出してから、さらに2週間あまり待つ。
この間、12月17日に仮住まいへの引っ越しを実施した。当初の12月初旬解体予定に合わせるのではなく、ずれ込んだ建築許可のタイミングを見ながら、現実的な日程として12月17日を選んだ。引っ越し準備が遅れていた事情もあったが、結果的に建築許可の遅延がなければ、この日に延ばすという判断はしなかっただろう。
12月20日、建築審査会が開かれた。
夕方、住友不動産から連絡が入った。
「承認されました」
その一言を聞いたとき、怒りや不満よりも先に、ただホッとした。これで、ようやく次のスケジュールを組める。解体業者MUSUBIにも連絡できる。5月1日の引き渡しは、営業担当が「引き渡し日への影響は最小限に抑える」と約束してくれていたが、その約束を守るための最初の関門を、ようやく越えた。
10月中旬の夜電話から、2ヶ月以上が経っていた。
プロの仕事に助けられた
この2ヶ月を振り返ると、住友不動産の営業担当と、度重なる設計変更に対応してくれた設計担当の粘り強さには、心から感謝している。
市からの厳しい要求に対して、真摯に、誠実に対応し続けてくれた。施主である私にも、都度状況を共有してくれた。担当者が途中で折れていたら、あるいは必要最小限の対応しかしてくれなかったら、建築許可が下りるのはもっとずっと後になっていたかもしれない。
建て替えというのは、家を建てる技術の話だけではない。行政手続きの難所を越える交渉力、施主とのコミュニケーション、関係業者との調整力。すべてが揃って初めて前に進む。その実感を、この2ヶ月間で身をもって学んだ。
12月20日の夜、承認の報を受けた後、仮住まいの部屋で一人、静かにビールを開けた。
年が明ければ、解体が始まる。プロジェクトは、ようやく次のフェーズに入る。