12月17日、引っ越し当日。
朝9時、アーク引越センターの作業員4人が実家に到着した。ここから、半年間の仮住まい生活が始まる。
当日の流れ
作業は午前中の搬出から始まった。
4人体制で手際よく荷物がトラックに積み込まれていく。そして、この日は搬出先が2つに分かれるのが特殊だった。半年間保管する荷物を積むトラックと、仮住まい先へそのまま運び込む荷物を積むトラック。それぞれが現場に待機していて、仕分けシールに従って積み分けていく。
仮住まい先のライフラインは事前に開通済み。電気もガスも水道も、着いたその日から普通に使える状態にしてあった。
洗濯機の搬出・搬入・設置は、アーク委託の専門業者が対応。テレビとケーブルテレビ配線は、別途JCOMに依頼していて、こちらも同じ時間帯に作業が入った。
業者が入り組んでいて、それぞれから指示を求められる。「これはどちらに積みますか」「コンセントはどこに繋ぎますか」「チューナーの設置位置はここでよろしいですか」。午前中は実家で搬出を見守り、午後は仮住まい先に移動して搬入と設置の指示を出し続けた。
全作業が完了したのは15時頃。
プロの仕事に驚く
作業を見ていて、何度も驚かされた。
作業員の動作がとにかく速い。重い荷物も軽々と持ち上げ、あっという間に運び出していく。階段の下り方、トラックへの積み込み方、段ボールの持ち方、すべてに無駄がない。肉体労働でありながら、同時に高度に技術化された仕事なのだと実感した。
そして、こちらの準備不足にも柔軟に対応してくれた。
荷造りが遅れていて、ダンボールのテープ止めが間に合っていない箱がいくつかあった。普通なら作業が止まってしまう場面だ。ところが作業員は持参したテープで手早く留めて、そのまま運び出していってくれる。顔色ひとつ変えない。プロフェッショナルとは、こういうことを言うのだと思った。
実は、学生時代に引っ越し業のバイトを一日だけやったことがある。経験もなく、思うように運べず、社員に怒られてばかりだった。もし当時の自分が今この現場にいたら、まったく役に立たなかっただろう。目の前で動いている人たちの仕事を見て、そのことがよくわかる。
なお、ゴルフバッグ、キャスターバッグ、自転車といった自分で運べる荷物は、引っ越しの数週間前から少しずつ仮住まい先に分散搬入していた。仮住まい先は実家から徒歩圏内なので、こういう荷物は業者に任せず、自分の足で運ぶほうが早い。
実家を空にして
家を空にして出るとき、感傷や感慨はあまり湧いてこなかった。
建て替えというプロジェクトは、取り組むべき課題と決定すべき事項が次々に迫ってくる。翌日にはエコピットの回収作業が控えている。地中埋設物が出た場合のMUSUBIとの対応調整。解体着工までの段取り。頭の中で並行して動いている案件がいくつもあった。
それに、この日の時点で家はまだ空っぽではなかった。処分しきれなかったものが各部屋に残っていて、翌日のエコピット作業で本当の意味で空になる。
感傷に浸る余裕がなかったとも言えるし、次の段取りに意識が向いていたから寂しさを感じずに済んだとも言える。目の前の課題に一つずつ向き合い、決定し、前に進める。それがプロジェクトを動かすということなのだと、この頃から少しずつ体で覚え始めていた。
仮住まい先の住み心地
仮住まい先に荷物を入れて、改めて部屋を見渡す。
内見時の印象とのギャップはなかった。家具を入れると当然ながら手狭に感じるが、半年間の生活として考えれば十分に住める範囲だった。
意外によかったのは、日当たりだ。冬場にも関わらず、部屋の中にしっかり日が差し込む。暖房の効きもよく、冬の寒さをほとんど感じない。音の問題もなく、JCOMのネット回線速度も問題なし。生活立ち上げの不安要素は、ほぼなかった。
コンビニがすぐ近くにあるのも大きい。半年間の仮住まいだと、備品の買い忘れや、細々した日用品の調達が頻繁に発生する。徒歩1分でコンビニに行ける立地は、実際に住んでみると相当にありがたかった。
狭さや設備の古さは、確かに快適とは言えない部分もある。ただ、これは期間限定の暮らしだ。半年後には、新しい家が待っている。狭小地とはいえ、この仮住まいよりは広く、設備も格段に快適になる。
それを楽しみにして、仮住まいの多少の不自由さはむしろ楽しもう、くらいの気持ちで構えることにした。期間限定だと思えば、古いマンションの暮らしも悪くない。
翌日、実家へ
引っ越し翌日、実家に向かった。エコピットの回収作業の立ち会いだ。
丸一日かけて、残っていた不用品がほぼすべて運び出されていく。産廃扱いになる調味料の類や、金物、木製の家具などは最後までMUSUBIの解体時処分用に残すが、それ以外の「普通に運び出せるもの」は、この日でほとんど無くなった。
夕方、作業が終わった実家に一人で立つ。
家具の輪郭が床に残っていて、タンスがあった場所には畳が四角く色褪せずに残っていた。壁紙は日焼けしていて、家具が置かれていた部分だけ元の色が残っている。家が家であった痕跡が、逆にくっきりと浮かび上がっていた。
解体は年明け1月5日の予定。それまでのわずかな期間、この家はもう誰も住まない空っぽの箱として存在することになる。
鍵をかけて出るとき、ようやく少しだけ、感慨のようなものが胸をよぎった。ただ、それもすぐに「地中埋設物への対応をどうするか」という実務的な思考にかき消された。
目の前の課題に向き合い続けること。それがこのプロジェクトを動かしている推進力だった。